誰にも言えない。

誰にも言えないし、もし言ったとしても「誰もが」理解に苦しむだろうから他で言わないで、見てる人がいるかいないかよく分からないここだけで言ってるけど、母親が兄に「何か息苦しい」と漏らしていたにもかかわらず、

 

「医者に行ったら金がかかるし、親父も介護施設に入所させなきゃいけないし、そこでも金がかかるから病院には絶対行かせられない」

 

と兄は母に言ったと、俺は母の死後、兄から聞いたわけだけど、「誰もが」以前に、「俺自身」が理解に苦しむ。

 

兄は自分の母親を今後どうするつもりだったのか。

 

呼吸が困難な状態の母親に従来通り父親の介護を続けろとでも?

母親の体調の悪化を考えないようにバイアスがかかっていた?

にもかかわらず一ヶ月(以上?)放置で「様子が変だ」と父母生存の確認を救急隊員に依頼した?

 

それを臆面もなく俺に語った兄は100%気が狂ってると思うし、もし故意でないのなら、その想像力の乏しさは何らかの精神遅滞を患ってるとしか思えない。

完全に情緒が欠落している。俺が子供の頃から抱いていた兄のイメージまんまで50半ばまで来ちゃったわけだ。

 

2013年の言い争いの時は

 

「さすがに親が亡くなる数年後にはこのバカも成長してることだろう」

 

と希望的観測をして気を紛らしていたが、まさかこんな身近に真性キチガイがいるとは夢にも思わなかったからなぁ...。

 

前も言ったけど母は2012、3年ごろ俺に、

 

「(親父を、母にとっては夫を)看れなくなったら私はY子さんに殺される」

 

的なことを言ってて、

 

「さすがにそれはないだろう」

 

と、Y子だけにあり得そうではあるが、まさか義姉がそこまで重度のキチガイな訳ないじゃん、ぐらいにタカをくくっていたんだけど、その「まさか」が起きてしまったわけだ...。

 

キチガイ兄夫婦よ...。

 

お前らこそ死ね。

 

そんなキチガイ兄貴と、今度の連休は遺品整理。

 

嗚呼、だから俺は一刻も早く、できるだけ遠くへ移住したいんだっつーの。

ふと心配になった。

今は母親のことで頭がいっぱいだし、正月三が日も最初の日曜日も、今年になってからの休日は丸ごと母親の終の住処の遺品整理に捧げてるので父親まで気が回らなかったけど、大丈夫かな...

 

介護老人保険施設...職員が大変なのも非常によくわかるんだけど、

所詮人間だから...

 

要はオフクロが死ぬ間際まで全力で守った父親を、ぞんざいに扱ったりされたら困るなぁと。

 

そんなところにも

 

「親孝行はこの世で一番の贅沢」

 

と言える所以があるように思う。

 

宝くじでも当たれば両親ともに俺が引き取って最後まで幸せな余生を送らせることができたのに。

 

今週末も遺品整理。今月いっぱいで「俺の最後の実家」であった市営住宅の「あの部屋」を引き払うそうだ。いまだに引っ越したいと思ってるけどな。

 

そして正月と重なったので延期になっていた母親の49日法要。

 

今月はとてもじゃないが父親側にシフトできない。

 

2月には面会に行きたい。

ちょっと待て...

さっきふと気付いて蒼褪めたんだけど、母親が逝去したことにより、

俺の「実家」が消えたことになる。

 

訃音からひと月以上経って、ことの深刻さに気づいてしまった。

 

9年前に失業した際、なんだかんだ頼ったよオフクロを。

 

精神的支柱というか心の拠り所というか。

 

「たとえ職が決まらなくても、いざとなったら「実家」に転がりこめばなんとかなる。」

 

それは甘えかもしれないけど、唯一のセーフティーネットと言えた。

 

ああ、今年の3月に今勤めてる会社を退職予定だったのに...。

ある程度の蓄えがあるとは言え、完全失業したら失業手当三ヶ月もらったとしても

半年は持たない。

 

ゆえに退職後、無職状態で3ヶ月も経てばパニックに陥るだろう。

 

次を決めてから辞めたとしてもそこで続く保証はない。

 

兄が例の如くだから無職の俺をフォローするなど絶対にあり得ないし頼るつもりもない。ちなみに兄はやはりというか、俺の「実家論」など歯牙にもかけない。

兄的に「父母宅は所詮間借りしてるので「実家」ではない」ということらしい。

安定のクズぶりだ。

 

さておき、、、

 

「たられば」もいいとこだけど、昨年9月で今の会社を辞めて全力で貯金も使い果たすつもりで母親宅に引っ越す方向に舵を切っておけばなんとか移り住めただろう。

 

もし無職になったとしてもそのぶん家賃は安くなるし、生活保護を受けても生活できるレベルだったと思う。

 

己の今後を思うとそっちの方が良かったのではないか。

 

この不安もひとえに、己への自信の無さから来てるわけだけど、

実際50過ぎて転職と言ったときに、一番のネックは給料だろうから、収入に応じて家賃も変動する市営住宅の方がどう考えても有利だったはずだし、「実家」も守れたことになる。

 

うーん、、、典型的な「たられば」バナシだなこれは(笑)

 

母親の訃音から市営住宅を引き払う手続きまで1ヶ月と10日弱。

腹を括る勇気もなく、現在に至る。

即会社を辞めるのでなければ、この降雪の恐れのある季節にバイク通勤を余儀なくされるわけだし、引っ越し費用で貯金も相当目減りするだろうとか、不安材料が多すぎるんだよな。世間知らずなだけで杞憂に過ぎないのかもしれないけど。

 

これは向こう半年、一年単位で綿密に計画を立てて着実に遂行していかないと詰むわ、確実に。

 

いつまでも悲嘆に暮れてばかりじゃいられないってことか。

 

 

 

 

 

 

正月3ヶ日は母親の遺品整理。

 

 

兄が「休みが合わないから一緒に遺品整理することはできないだろう」と言うことで

数日前に我がアパートのマイポストに合鍵を置いていった。

 

自分が使えそうな衣類と、大量の写真は全部、昨日今日でほぼ運んだけど、

二輪オンリーの俺でも運べる余地がまだあると思うので、明日また行く予定。

何から何まで取っておきたいけど、そうもいかない現実がある。

それでも自分が運べる範囲内での三分の二は、なんとかマイ住処に持ってこれたと

思う。

 

ここ10年で2度引っ越したせいか、荷物は思ったより少なかった。

あの年賀状以上にインパクトのある遺品はやめてよおっかぁって感じで

ビビりながら片付けてたけど。

俺ぁ今度こそ立ち直れねぇなそんなん出てきたら。

 

自分の部屋もこれから大掛かりな断捨離を始めようって時に

しこたま荷物が増える始末。

分かり易すぎる「身から出た錆」状態だよなこれって。

 

でもね、やはり貧乏人は物を持つべきではないですね。

「実家」と言うものがないならなおさら。

父母の住んでいた築2年の市営住宅は3LDKで広くて綺麗。

もし三年前に引っ越しを検討したとしても逆に引っ越し辛かったと思います。

 

今のこの自分の住処の家具のほとんどを処分する覚悟ができたかどうか。

そんなところからも貧乏人は物を持つべきではないと実感しました。

15年前、家具なんかに興味を持たなければ今あるこれらの家具に

未練も執着もなかったろうし。

 

親孝行について考えれば考えるほど、ここ5年とか10年ではなく、

20年ほど前からの計画性が必要だったのだなと痛感しております。

 

車を手放して2輪オンリー生活を決めたこともやはり後悔のタネと言えるのかな。

でも実際、2輪で済んでしまっていた我が行動半径...。

会社は徒歩3分もかからない場所。

通勤帰宅の渋滞に巻き込まれる心配もないので、昔から憧れていた徒歩圏内の勤め先。

2013年の就職以来、その点は恵まれてるとずっと思い込んでいたけど、結局は

それに甘んじて2輪オンリー生活になるしで親孝行的にはマイナスでしかなかった。

それも運命だったのか....。ほんと死にたくなる。

 

まぁ今回のこの最悪な事態でも、後悔ではなく、先手を打つヒントをもらえたとすれば

 

「己の終活をうっすらとでも始めておいて損はない」

 

と言うこと。

 

そのためには、

 

「自分の終わりを常に意識した行動を心掛ける」

 

と言ったところか。

 

あらゆる「ムダ、ムリ、ムラ」をなくす。

 

「その原則から外れそうになったら、この母親の遺品整理を思い出せ」

 

って事ですね。

 

2020年代最初の正月3が日から母親の遺品整理をする」

 

それは必然であったのだと、自戒しておるところでございます。

 

天国のおっかぁに届いて欲しい一心で書きました。

2年越しの返事、遅れてごめんね。

何一つ恩返しできなかった自分が情けなくて仕方ないです。

本当に申し訳ない。

 

優しいおっかぁ。

愛に溢れたおっかぁ。

人生のその時々で「善き行い」を選択してきたおっかぁの清く正しい心。

それを誰が咎められましょうか。

おっかぁの生き様は俺の今後の人生のお手本そのものだよ。

 

おっかぁはいつだって広く大きな愛情で俺を包んでくれています。

俺は生まれた時からずっとおっかぁが大大大好きです。

今までも、そしてこれからも。

本当に、本当にありがとう。

 

また会う日まで。

 

 

母への年賀状。

今日書いて出そうと思う。

今や誰も住んでないとある市営住宅の一室に。

 

戻ってきちゃうかな?

無事送られたとして、ポストに投函されてたらまた兄に怒られるかな?

 

その兄夫婦に見られるのが嫌で2年前の母からの年賀状への返事もしなかった

ことを後悔している。

 

と言うより、それが数え切れないほどの後悔のうちの、

ただの一つに過ぎないのだけれど...。

 

2年越しの返信。

大好きなおっかぁに思いの丈をぶつけるぞ。

 

典型的サイコパスの特徴と、兄夫婦の思考、行動様式の特徴との類似性。

サイコパスの2因子モデル

 

因子1:対人/情動面 因子2:衝動的/反社会的行動 因子3:どちらにも含まれない項目
1. 口達者/表面的な魅力 3. 刺激を求める/退屈しやすい 11. 放逸な性行動
2. 誇大的な自己価値観 9. 寄生的生活様式 17. 数多くの婚姻関係
4. 病的な虚言 10. 行動のコントロールができない 20. 多種多様な犯罪歴
5. 偽り騙す傾向/操作的(人を操る) 12. 幼少期の問題行動  
6. 良心の呵責・罪悪感の欠如 13. 現実的・長期的な目標の欠如  
7. 浅薄な感情 14. 衝動的  
8. 冷淡で共感性の欠如 15. 無責任  
16. 自分の行動に対して責任が取れない 18. 少年非行  
  19. 仮釈放の取消

 

因子1:対人/情動面

1. 口達者/表面的な魅力

2. 誇大的な自己価値観

5. 偽り騙す傾向/操作的(人を操る)

6. 良心の呵責・罪悪感の欠如

7. 浅薄な感情

8. 冷淡で共感性の欠如

16. 自分の行動に対して責任が取れない

 

因子2:衝動的/反社会的行動

9. 寄生的生活様式

13. 現実的・長期的な目標の欠如

14. 衝動的

 

因子1、因子2から当てはまるものだけ抽出してみた。

夫婦揃ってサイコパスなどあり得ないと思うけど、

あの夫婦に意見の対立なんてあるのだろうか?

夫婦のどちらにも、善悪の判断をする能力が欠落してるなんてことがありうるのか?

 

兄の口癖として、

 

「俺はこう思うけどY子がこう言うから...」

 

的なものがある。

 

たとえY子が言ってても悪いものは悪いんだよ兄貴。

 

Y子のお袋じゃなくてお前のお袋なんだよ。

 

俺は義理の姉Y子のキチガイぶりがどの程度か、本質的には知る由もないが、

 

兄のフィルターを通してうかがい知る義姉Y子の印象は

 

『ゴリゴリの「サイコパス」』

 

以外の何物でもない。

 

もちろん兄も。

 

2013年時点で気付いていれば、、、

 

相変わらず後悔は募る一方である。

 

※追記

 

思い出したけど、兄夫婦は60歳だかで父母が年金を支給され始めた頃から

その「年金」を管理していた記憶がある。

もしかしたら母親の仕事で支払われる給与もその頃からかもしれない。

なんか母親がそんなこと言ってたよその頃から。

つまり20年近く父母の収入を搾取してきた上、

母親が父親の面倒を看れなくなった途端、見殺しにしたわけです。

これが今回の「事件」の真相です。

 

それを傍観してきた俺も悪いのかもですが、その闇を暴くリスクは

例の6年半前のそれまで傍観者であったことの反省を踏まえて突っかかって行った

兄との、父母の世話に対する言い争いでもわかるように、

 

「俺が父母に会えなくなるだけ」

 

、、、と言う結果を見れば明らかです。 

父母から搾取し続けてる年金の内訳、その他収入を問い糺すと

恫喝まがいで反論してきて埒があきませんでした。

 

何から何まで終わってる。

嫁のせいなのか兄の元来の資質なのか、その両方なのか。

普通考えて付き合っていけるわけないでしょ。

 

そんな狂った兄夫婦と縁を切りたいんだ俺は。

一刻も早く...